2013年 1月30日(水)
近日が寒かったので今日は暖かく感じました。
この地を訪れたのは少し前の事です。
大御所と呼ばれ実質的な政権を握り政務を執行しました。
そして、この城で死去しています。
※ 駿府城 二ノ丸 東御門巽櫓HP↓
駿府城の鯱
中世の頃、この地は守護大名今川氏が支配していました。
ご存知通り、12年間この地で過ごしました。
皮肉にも関東転封となり完成した駿府城を手放しました。
『 廓山和尚供奉記 』 によれば家康氏が駿府を選んだのは理由があるそうです。
老境を迎え少年期の郷愁に駆(か)られたようです。
富士は不死を意味します。
縁起を担いで長寿を願ったのだろうか?
そして、この地方の温暖な気候などが理由らしいです。
駿府が四方の周りを大きな川や山に囲まれた
天然の要害の地だった事を知っていたでしょうね。
駿府は江戸と並び政治・経済・文化の中心としてその黄金時代を迎えたのでした。
駿府には金座・銀座が設けられました。
金座は1612年(慶長17年)に現在の金座町あたりといわれてます。
金座稲荷神社の前には金座址の碑が建っているそうです。
機会があれば行ってみたいです。