砂金に魅せられて!金狼の日々

砂金掘りを中心に、日常の記録です。

直江兼続と佐渡島

2015年 3月30日(月)

会社を出ると南風がそよそよと気持ち良く感じられました
あちらこちらで桜が咲いていますね。
今日の様に日中20℃を超えて来ると満開は早い?
週末まで持つかな?

さて、今日は戦国武将のお話ですwww
直江兼続(なおえ・かねつぐ)氏です。
カブトに愛の文字を掲げています。


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ジャイアンツ愛なら知ってるけどね。 (ちょっと古いですが・・・)
愛の文字の理由は諸説ある様です。

その一つに愛染明王(あいぜんみょうおう)を信仰していたという説があります
決め手はカブトの愛の文字の下に
めでたい兆候とされる瑞雲(ずいうん)と呼ばれる雲が象られているからだそうです。


直江兼続氏は上杉景勝氏の重臣という事は知っていました。
しかし、然程興味もなく、
妻夫木聡さんが演じた大河ドラマ 『 天地人 』 も観てません。

そんな私が彼に興味を持ったのは、
羽柴秀吉氏に金山代官に指名されていたからです
直江兼続氏が金山にも深く関わっていたのだろうと思いました。

ご存知の様に、秀吉氏が全国から集めた運上金は
1598年(慶長3年)の 『 伏見蔵納目録 』 に記されている様ですね。
上杉景勝領は全国の6割にも達する量でした

越後黄金山        1124枚4両1匁4分2厘
佐渡黄金山           797枚5両1匁6厘
出羽庄内(荘内)黄金山     97枚8両8分5厘

秀吉氏から佐渡支配を一任された景勝氏は佐渡侵攻に動きました
この頃、佐渡は本間一族が支配していました。
しかし、一族同士の勢力争いが起きていました

沢根城主の本間左馬助の協力で沢根に上陸して
約半月という短期間で佐渡を制圧しました
島内から 『 本間色 』 を一掃して新体制で佐渡支配を固めました。

※ 佐渡金銀山の開発と支配 ↓

この頃の金山といっても砂金山の事だろうか?
爆発的に採掘されるのは関ヶ原の戦いの後だからね。
そう考えると、佐渡黄金山は797枚って多い様な気がするなあ~